親方、雑誌デビュー

昨夜は久々にちょい遅めまで酒を飲むつもりで外に出る。本当は妻のバイト祝いも兼ねて、週末はどこか外で酒でも飲もうと誘っていたのだが、案の定と言うべきか、休みに入った途端に胃の調子が悪いとか言い出し、まだ５日しか出勤していないとはいえ、やはり十年ぶりに働く職場にしてはちょっとハード、とまではいかなくとも、少なくとも神経を使う仕事であることには相違なく、だったらこの週末はとにかく徹底的に休んで、週明けまでに体の調子を戻すのも、プロとしての態度であるぞと言い聞かせ、弱る妻を一人部屋に残して、僕は近所へ飲みに行く。だってこの夜は飲みに行く気分で固まっていたから、いまさらおさまりがつかなかったのだ。

最近たまに行く和風居酒屋のカウンターで、旬の魚などをあてに日本酒を飲んでいたら、そのまま看板の11時頃まで居着いてしまった。帰りに「くらま」の前を通ったらまだ明かりがついていたので、立ち寄る。客は３、４人いたと思うが、なんと珍しく全員女性。席についた僕の前に、親方が酒より早く、一冊の雑誌を置く。なにこれ？　と聞いたら「ふっふっふ、私の全国誌デビューですよ」と意味不明なことを言う。が、雑誌の表紙に目を落として思い出した。実は彼、最近ジムニーの専門誌から、取材を受けていたのだった。

ま、取材と言っても要するに口コミで紹介されたというあたりだろうが、専門ジャンル雑誌によくあるタイプの、たとえば金魚専門誌なら、金魚マニアのお宅拝見とか、自転車専門誌なら、あなたの自転車見せて下さい、みたいなコーナーがあると思うけど、早い話がそういう類の、つまり業界用語で言う読者交流企画の一つである。そういや車系の雑誌はこういう企画、確かに多いよね。自慢のデコトラの前でポーズを決める白作業服のアンちゃん、みたいな感じで。

もちろん親方が筋金入りのジムニーマニアであることはよく知っているが、彼は東京方面からわざわざ記者が来てインタビューを受けたことに、いたくご満悦だった様子で、雑誌が出るまでの間、飲みに行くと時々言葉の端々に「いやあ僕もね、雑誌取材を受ける立場になりましたからね」などと、こちらが聞いてもいないのに付け加えたりして、わかったよ、もうその話は何度も聞いたよ、と答えるのにも疲れ始めていた頃、ようやくその雑誌が出たというわけだが、読者企画なら実は蓋を開けてみたら、ページの三分の一くらいの大きさの囲み記事か何かで写真が小さく一枚ぽちょっと載っているくらいの、三流ホームドラマのオチみたいな展開になるのではないかという気分も多少はあったのだが、あにはからんや。掲載ページを見てちょっと驚いた。

なにしろ扉付のカラー５ページである。扉の写真なんか、木立をバックにジムニーの傍らに立ち、きっと厳しい表情で宙を見つめている親方のアップだ。はっきり言って、とても素人使った埋め草記事なんかには見えないのだが、この雑誌は毎回こんなことやってるのだろうか。それとも、東京から来た記者自身が何か最初から勘違いしていたとか？

なんでこんな偉そうなんだよ？　と聞くと「いや、それは全部向こうの注文で、こういう顔してあっちの方を見てくれとか全部指示されるんですよ」と、親方も多少照れたように答えるが、これ、読者取材じゃないよ、確かに聞けば親方はこの雑誌の読者ですらなかったらしいが、これ、俺がこの雑誌の編集者なら扉タイトルは、この写真の上に荒い筆の書き文字書体で、こう打つね。「親方に聞け！」

ま、ジムニーオーナー以外には、まったく関心の持たれない雑誌ではあると思うが、そんな親方の勇姿を一目拝みたいという方は、その専門誌を見つけてみるのも一興。雑誌タイトルは正確に覚えてないけど、多分、ジムニーの名前はついていたと思う。

ちなみに本文４ページにもわたって展開されていた親方のインタビュー記事をちらっと見てたら、記者が書いた地の文の方で、親方の家の周りには何台ものジムニーの車体や、部品、パーツなどが散らばっているものの、理解ある奥様のおかげで、云々かんぬんといった内容の文章が書かれていたのだが、そこを読んだ瞬間、思わず僕は親方に問いかけた。Ｋちゃん、いつからあれに理解を示すようになったんだ？　「いや、まあそれは、記者がそういう風に書いただけでね」そりゃそうだろう。僕の解釈するところでは、親方妻のＫちゃんは、自宅の周りに散らばる、彼女にとっては残骸としか思えないだろう鉄類が増えていくことを、決して理解などしていない。単に諦めているだけである(-_-;)。