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金曜日は電気屋に

呼び出しを喰らう。いや、金曜の夜、妻と夕食を終えて一服休憩していた8時前後くらいか。家の電話が鳴り、最初は妻が出た。すわ、編集からの催促か? と思ったが、彼女は知り合いっぽく話し出し、よかった、仕事関係ではなかったとホッとしたのもつかの間、彼女が電話口に「もう酔ってるのお?」と問いかけた瞬間、背中を嫌な予感がざわざわざわと走る。いま代わるからと言って妻が渡した受話器を耳に当てると、案の定、最近妙におとなしかった電気屋からの電話だった。

「いままでモクベエと飲んでたぞ!」・・・・・・は? 電気屋の会話は、やはり唐突であった。「モクベエよ。おまえ、知ってんにゃろ? 向こうは知ってる言うてたぞ!」そ、それは・・・・・・もしかしてKさんのことか? 

Kさんとは「くらま」の常連の一人で、僕を八日市高の後輩と認識していろいろ話しかけたりしてくれる人である。数年前は確かにルーマニアパブ友だちでもあったのだが、いまはそのパブも潰れたので、一緒に飲みに行ったりする機会はほとんどない。というより、Kさんと電気屋に何か接点あったっけ??? まあ、顔の広い奴だから知り合いでも別に不思議はないのだが……

などと、やや混乱していると「自転車で来いや!」といきなり主題を切り出してくる。じ、自転車っておまえ、いまもう夜やぞ! 「かまへんがな。おまえ明日は雨やぞ。今夜乗っとかな明日は乗れへんぞ!」

こいつ、どれだけ熱心な俺のブログの読者やねん……(-_-;)

結局、いまかかっている原稿の先がほぼ見えていたこともあり、まあ電話の様子から察するに彼ももうけっこうできあがっていそうな感じだったから、それほど夜中まで引っ張ることもなかろうと、電気屋の指示通り、自転車で家を出た。指定された店までは約5分ほど走って着いたが、以前、電気屋に連れられてきて一緒に飲んだことのある店だとばかり思ってその店の前に自転車を止めたのに、改めて店名を見ると、さっき電話で聞いた名前と違う。・・・・・・あれ? この店じゃなかったっけ? 仕方ないのでその場で電気屋に電話。

俺さ、その○○○って店、前に行ったことあったっけ? と聞くと電気屋はきっぱり「いや。ないやろ!」

俺、行ったこともない店にどうやって来いっちゅーねんっ! と思わず声を荒げると、電気屋も「そやけどおまえ、店の名前言うたら、ああわかった、みたいなこと言うから、てっきし知ってんのかと」

勘違いしとったんや、それは! おまえも俺が行ったことない店やと知ってんにゃったらちゃんと教えんかい! 「ほんなこと言うたかて、おまえそれで勝手に納得して電話切ったやないけ!」

まったく。適当な人間同士で話していると、往々にしてこういうことがある。

教えられた店のおよその位置は、最初に勘違いしていった店とはまるきり反対の、市の郊外方面に向かってそこから3~4キロは走らねばならないところだった。いくら自転車道が整備されているとはいっても、夜間の走行は昼間より格段に神経を使う。こっちのライトの視界に、いきなり無灯火の自転車が対向から飛び込んできたりすると、ぎょっとすると同時に、すれ違いざまに蹴飛ばしてやりたくなるほどの怒りも覚える。

なんだかんだで20分近くかかって、うろうろ迷いながら何とか電気屋の待つ店にたどり着く。かけつけビールを一杯、あとは焼酎の水割りを3杯ばかり飲む。ところで、自転車もれっきとした軽車両であるから、飲酒運転は道交法違反行為である。というわけで、この後の自転車を僕は押して帰ったということは、事実はともかく、ここではっきり言明しておく。ともかくかよ。

ま、彼と飲む時はたいていそうであるように、この夜も電気屋の独壇場で、僕はおおむね、ふんふんと彼の話の聞き役に徹していたのだが、中で一つ、僕が数日前この欄に書いた母のジャンプ事件に触れて「そういやおまえ、おかんのあのジャンプの話、おもろかったけどなあ、俺、あの話読んで思い出したわ」は? 何を?

「いや昔よ、おかんが園長先生やってらった頃、わし、仕事であの保育園の前の道を歩いててな、ちょうど園児らを帰す時間やったんやろな。門の内側で子どもらを並べてはって、何か子どもらに説明してはるんやけど、それがもうな、身振り手振りが大きいて、何か踊ってはるんかいな思うくらいに、その様子が見てて笑えてきてなあ。ブログの記事読んで、あの時の先生が思い出されたわ」

言われてみれば母は、動作も表情も豊かで、僕ら子どもはそれをある種あたりまえとして育ってきていたから、自分たちで何か特別に母の動きがおかしいとか、あらためて感じることは少なかったが、相手が子どもであれ大人であれ、母は人を楽しい気分にさせる天性の何かを持っていたのかも知れない。

確かにその片鱗は、認知症が相当に進んだ状態になったいまも、時折見かけられる。それは母の美質の根っこの強さなのだ、と、僕は勝手に解釈している。

電気屋とはもう一軒、すぐ近くのスナックで小一時間ほど飲み、別れる。気分的にはちょうどほろ酔いでよかったのだが、戻ってきて何か弾みがついてしまい、「くらま」に向かうともう店を閉めてやがったので、親方の家まで押しかけてさらに焼酎を飲む。

どうやらこれがいけなかった。明け方目が覚めると寒気と胸苦しさでえずきまくり、土曜の昼頃までまったく仕事にならず。おかげで昨夜、戻ってきて2時間ほどであげるつもりだった原稿は、都合18時間くらい仕上がりが遅れてしまった。遅れた真相は、担当G女史にはもちろん内緒である。

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