« 地方選雑感 | トップページ | 親方、雑誌デビュー »

妻の就職

今週初めから、妻が働き始めた。僕にとってはほとんど青天の霹靂みたいなもので、確かにひと月くらい前から、時々新聞の折り込みに入っている求人広告などを見ては、この仕事はどうだとかああだとか言ってはいたが、まさか本気で働くつもりだったとは思わなかった。

もとより僕は、妻が働くことに反対ではない。てゆーか僕自身、独身時代にもし僕が結婚すると仮定すれば、それは手に職を持つ女性しかイメージしていなかったし、それも一人で最低30~40万くらいは稼ぐことが条件で、そうすれば夫婦二人でDINKSとして余裕で暮らしていける、という皮算用をしていたものだった。

ま、これは当時つきあっていた業界のお姉ちゃん方をある程度想定して考えていたから、勝手にそんな計算をしていたのだろうが、本音は僕がいまの仕事を続けていくためには、売れない時期にも家計が安定していれば転職を考えないですむという、まことに手前勝手な理由でしかなく、その意味では結婚相手の年収の希望はと聞かれて、え~~っ、そんなに多くは望まないけど、年収三千万くらいあればいいですうぅ~などとのたまう女を蹴飛ばす資格はないんだ、ほんとは俺(^_^;)

で、結果的に手取り十万を切るようなギャラで皿洗いか何かのバイトをしていた妻を選んでしまったわけだから、条件もへったくれもなかったわけだが、そのうえ結婚して一番金がかかりそうな時期にさっさと妻はそのバイトもやめ、僕の描いていた年収一千万超共稼ぎ夫婦というイメージはもろくも崩れ去り、危うく借金百万超共倒れ夫婦になりかけるところだったというのは、いまは昔の話。

ま、40を過ぎた頃から僕の仕事もとりあえずは安定モードに入り、妻も完全専業主婦として常に家にいるようになってからおよそ十年、なぜ彼女がこの時期、働きに出る決意をするようになったかという裏事情は、いずれまたの機会に話すとして、今回彼女の選んだ仕事というのが少々変わっていた。

それは簡単に言えば養護学校の送迎バスに同乗して、生徒たちの乗降を介助するという仕事である。僕はそれまで、そんな仕事があることさえ知らなかった。一応妻は、2~3年前にヘルパーの資格を取っているから、その絡みで選んだのかとも思ったが、この仕事はそういう資格は一切関係ない。妻によれば五十女がいきなり働けるような求人なぞほとんどなく、たまたまこの仕事は経験不問で年齢制限が60くらいまでの人を募集していたということと、なにしろ学校の送迎だから、春、夏、冬と長期休暇があって、その時期は休めるというのが彼女の興味をいたく刺激したらしい。やっぱり最初からあまり本気で働こうとしてないんじゃないか? そう思ったりもしたのだが。

先週面接を受けて、ほとんどすぐ採用になったのは、もしかすると、あまり人が定着しない仕事なのかもしれないとは思っていたが、実際、今週の頭から仕事に出かけ始めた妻の話を聞いて、なるほどこれはちょっと大変な仕事だと認識を改めた。最近は個人情報保護の話もうるさく、特に障害者関連ということもあって、妻なども仕事の話はたとえ家族にもしないようにと釘を刺されているらしいから、もちろんここで詳しい話に触れるわけにもいかない。

だからこれは一般論としての話で、僕が個人的に見聞きした話なども交えてするけれど、妻が仕事をすることになった施設は、重度の身体障害者というより、知的障害児童のための教育機関だろう。というのは、たとえば車椅子を使ったり、体にマヒがあったりという人はいないようだからだ。となれば、そこそこ体はよく動くけれど、他人のコントロールはなかなか効かないという状態の人たちで、もちろん学校の生徒たちだから年齢的には小学生から、上は高校生くらいまでの子どもたちを一つのバスに、だいたい多ければ3~40人乗せて移動することになる。

去年か一昨年くらいの夏、僕はちょうどそんなお子さんを、近所の大型店舗であるアピア前で見かけたことがある。交差点を挟んでアピアの向かい側の横断歩道で、信号が青になるのを待っていた僕は、激しい叫び声に驚いて視線を上げ、正面のアピアの玄関口の方を見た。たぶん中学生くらいだと思うが、頭部保護のための白いヘッドギアをつけた子が、何か叫びながら道路に飛び出そうとしている。慌ててそれを押し止めている中年の男性は、おそらくその子の先生か介助員のような立場の人だったのだろう。ただ、それは後から考えてわかったことで、見た瞬間は誰かが子どもを拉致しようとしてるのかと勘違いしたくらい、わけがわからなかった。

信号が青になって僕は歩道を渡り、その二人に近づいていったが、子どもは横断歩道の端に俯せになるように男性に押さえ込まれ、なおも叫びながらバタバタ暴れ続けている。何かできないかとも思ったものの、はっきり言って障害児のことをよく知らない素人が下手に近づくのはかえって危険であると思い直した。しかしアピアの警備員の人も出てきて手伝っているが、大人3人がかりでもそのパワーたるや凄まじく、それでもちゃんと押さえていなければ、トラックもびゅんびゅん走っている交差点の中に飛び出していきかねないから、危なくて仕方がない。

やがて、アピアの中から他の先生らしい人たちも数人駆け出てきて、そのうち少年の興奮状態もやや治まり、立ち上がるとようやく連れられてアピアの中に入っていったが、何か社会見学でもしにきていたところだったのだろうか。騒動が終わって最初に思ったのは、ああいう子たちを見守りながら付き添う仕事の大変さだ。学校の行きと帰りにつきあうだけの仕事とはいえ、妻が相手にするのは、恐らくそういうお子さんたちである。ひえぇ~っ。僕ならまず一日で逃げ出すね。

正直、妻だっていつまでもつかわかったものではない。僕も無理はするなと言ってある。仕事先の人にも言われたらしいが、これは時に肉体的な危険だって起こりうる、決してナメてはかかれない仕事のはずだからだ。ただ、その反面どこかで、けっこう面白そうな仕事ではないかという、僕の個人的な好奇の虫も少し騒ぎ出している。基本的には精神的にも肉体的にも、社会で揉まれ続けている女性に比べれば遙かにひ弱な部類に入ると自他共に認識している妻ではあるが、彼女の面白いところは、時々、自分が一番ストレスを感じる状況に陥ったところで、わけのわからない馬鹿力を出すことがあるということだ。

ま、その力は滅多に持続しないし、そのおかげでその後は同じ種類のストレスに対して免疫力が高まるなどということもなく、何年か経つとまた同じような状況でキレたりスネたりうずくまったりもするわけだが、それでもかすかに、まるで位相の小さなスパイラルのように、ほんのわずかずつではあるが、確かに彼女は進化していると思うこともある。この仕事をたとえ半年でもやり通せば、もしかすると彼女はまた新たな進化を、というより微妙な進化を遂げる可能性だって、ないとはいえないではないか。

というわけでしばらくは様子見を決め込むことにする。世界にただ一人の妻ウォッチャーとしては、今後の展開からもなかなか目が離せない。

« 地方選雑感 | トップページ | 親方、雑誌デビュー »

ノンセクションの50」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ