朝から霊能者(^_^;)
もうこの数ヶ月、というより数年近く、夫婦別室で寝る状態が続いているが、考えてみれば小説の仕事にかかりだしてから、そんな感じが多くなっている。
別室というと、何か夫婦の部屋がそれぞれ別々にあるみたいでちょっとかっこいいが、早い話が妻は2階の寝室で眠り、僕は1階のリビング兼台所に置いてあるこたつ机の横で眠っている。つまり夜中に録画しておいたテレビを見たり、テレビを見たり、テレビを見たり、仕事をしたりしているうちにいつの間にか眠っている僕に、妻はつきあいきれないので、さっさと一人で寝る癖がついたというところ。彼女が仕事を始めてからは特に、早朝から出勤していくために早めに蒲団に入る妻と僕との就寝時間は、普通でも3~4時間はずれるようになった。
ただし、彼女は5時には目覚め、リビングに降りてきて出勤のための準備を始めるので、リビングの地べたで毛布一枚かけてくるまって眠る僕も、1階で作業を始めた彼女に蹴飛ばされるかつまずかれるかして、たいてい目を覚ますことになる。そんなわけで、最近は僕も朝の5時からニュース情報番組などを見て、そのまま「とくダネ」か何かを見て、もし寝足りなかったら、妻が出かけた後にゆっくり2階の寝室で眠ることもある。そうすると、10時過ぎに朝の勤務を終えて戻ってきた妻に起こされる、と。結局、いずれにしろずっと妻に起こされ続ける生活ではあるのだが。
「とくダネ」ついでに思い出したけど、これと並んでよくザッピング見をしていたABCの「スーパーモーニング」。短縮列車風に言うと「スパモニ」だが、この春から衣替えして、司会者からコメンテーターから番組内容の雰囲気からすべてガラッと変えた。これ、何か変更しなければならないほど視聴率が低迷していたのだろうか。
前の司会者は渡辺宣嗣氏で、この人、若手の頃は「ニュースステーション」でスポーツ担当など軟派ものをよくやっていて、しかも中日ファンだか何だかうるさくて仕方なく、あまりいい印象を持っていなかったが、この番組の司会をやり始めてから、少し見直した。日替わりのコメンテーターも、一部に亀田の親父とレベルの低い言い合いをしてしまうような人もいたが、まあ概ね、社会派ともいえる話題を追求することが多く、「とくダネ」とは違った色合いを出していたように思う。
これが春からメインの司会は女性アナになり、コメンテーターの顔ぶれも人数だけは増えたが、中味の薄い、というより、そもそもおまえは何を話すつもりでここに来てるんだ? と言いたくなる人が多く、扱う話題もよく言えば、主婦層にわかりやすく、悪く言えば、どうせ女性誌しか読んでない主婦にはこの程度の話題と撫で方で充分だろっ、という制作側の舐めた態度が伝わってくるような、そんな筋の通った改編になっている。
はっきり言って「スパモニ」、僕は春からほとんど見なくなったが、果たして改編の効果はあったのだろうか。
そんなことはともかく、今朝も5時に目覚め、6時半に妻を送り出した後、テレビを見たらどこも年金法案の話題で花盛り。あんなもの、何をどうやったって、すべての正当な受益権を持つ国民の権利が保証されるわけなどない。僕自身は年金を払ってもいないし、もらえもしない立場だから、いまさらどんな無茶が明らかになろうと別に意外に思うことなど何もなく、ただ単に呆れるだけであるが、テレビ画面にあべちゃんの顔が映し出されて、これで国民の皆様の不安も解消される云々などという言葉を聞くと、虫酸が走るので、とうとう録画していた番組を見ることにした。それも朝っぱらからアリソン・デュボワッ!(^_^;)
これ、正式タイトルは『ミディアム 霊能者アリソン・デュボワ』、WOWOWで放映しているアメリカのテレビドラマだ。この春から第2シーズンになっている。このシリーズは最初に霊能好きの妻がハマり、霊能嫌いの僕も半分バカにしながらちらちら見ているうちに、毎週見るようになってしまった。
このアリソン・デュボワという主人公は、実在の犯罪捜査に協力している霊能者という触れ込みで、実際エンド・クレジットにもアドバイザーとして名前が出てくる。それ、現役で生きている人なのに、実名でよくドラマなんかにするなあというのが第一印象。日本だったらさしずめ『霊能者イボ・アイコ』みたいなタイトルで、イボさんが死体に犯人を聞いて、次々と事件を解決していっちゃうみたいな、そんな連続ドラマになるだろうか。だいたい日本でそんなドラマ作ったら、本当に真に受ける人が一杯出てくるんじゃないかと心配するが、アメリカは大丈夫なのか? 何より、死者と話して犯人がわかるなら、CSIとか科学捜査とか一切いらないじゃん。いやもう、殺人事件に関しては裁判もしなくていいかも。
ま、そんなよその国の心配はさておき、僕はフィクションと割り切った上で、このドラマを楽しんでいる。というのもこれ、割と毎回、脚本がよくできているのだ。だから僕はこれを、半分プロットの勉強のために見ているフシもある。まあ、これに限らず、概ね米国のドラマはいい脚本が多いのだけれど。
このドラマの場合は、死者と交信できるという、犯罪ミステリーとしては身も蓋もない設定の特殊能力を持つ女性が主人公なわけで、基本的に被害者かその遺留品か、現場を見たら犯人の顔までわかっちゃうんだから、どうすんの、その話、どうやって広げるの? とまあ、物語屋としては、ついそういう興味で見てしまうんですな。ところがそのパターンを、毎回なかなか手の込んだ仕掛けで意外な展開にもっていくという、その手練手管というか、ラストのオチまできれいにハマっていることが多く、そういう話は見ていて気持ちがいい。
日本ではそういう手管を持っている脚本家はほとんどいない。少なくとも真面目系のドラマでは見たことない。オフザケ系なら、方向としてそっち狙いだなとわかる作品はあるが、所詮オフザケか悪ノリものでしかない。地力で見せる力がないから、ふざけてごまかすしかないという、まるで小泉政権の末期を見るような状態が続いている。
ただし、先に気持ちがいいと書いたが、それはあくまでプロット展開の妙に対しての言葉であって、内容的には最近のアメリカの犯罪ものらしく、実に陰惨で悲惨な犯罪の描写が多く、結末もハッピーエンドとは限らない。犯罪ドラマと戦争ドラマは、慣れてるというか、その方面に経験豊富な社会の作るドラマが面白くなるのは当然であって、その意味でこのジャンルにほとんど陳腐な作品しか提供できない日本ドラマの現状は、ある意味、この社会にとっては幸せなことなのかも。
とはいえ、そんなこと言って開き直っていられる状態も、いつまで続くことやらと、だんだん不安になり始めた今日この頃ではあるが。
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