ぼくらの時代
訃報が相次いでいる。
身近な話ではない。身近な訃報と言えば、ここの前身の「八日市通信」からご覧の人は先刻ご承知の通り、そもそも僕が帰郷してからしばらくの間、身内の訃報ラッシュだった。
友人のドクターが以前、自分のweb日記に、親が死ぬと次はいよいよ自分の番だという気がしてくる、というような感想を書かれていて(もう何年も前に読んだ文章だから、もしかして細かく勘違いしてるかもしれない。もし趣意を取り違えていたらI先生、ごめん())、なるほどそんなものかなとは思ってみたが、うちの場合は父が死んだ後、さらに大変な母が残されて、とても自分の死ぬ順番が近づいてきたなどとは思えず、というより、いまこの母を残して死ぬわけにはいかないなという思いの方が大きくなって、実際、父も70過ぎまでは生きたわけだから、まあもしかしたら僕も70近くまでは何とかなるんじゃないかなどと、根拠のない安堵感を持ったりもした。
だが、いまから思えば2年前、イラストレーターの渡辺さんが亡くなったと聞いたときに、驚くと同時に、なんかヤバイなあという感じはあったのだ。
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