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ブルーレット奥田家と刑事魂

例によってタイトルは意味無し。さっきまで渡辺謙が平塚八兵衛を演じたドラマを見ていて、その番組のCMにやたらブルーレットが流れていたのだ。

それもブルーレットおくだけとか言ってるから、そのときたまたま何か別のことを考えていた僕は、CM音声だけが耳に入ってきて、そのフレーズ「ぶるーれっとおくだけ」が頭の中で謎なワードになってしまい、ぶるーれっとおくだけ? 何だそれは? もしかして奥田ブルーレットという日本人の男と結婚したやたら気位の高い日本文化評論家とか何かがいて、そいつはきっとわあたあしの国ではあとかやたらに連発したがる奴で、で、そんな奴だから自分の家のことを言うたびに、ブルーレット奥田家ではとか何とか、そんな口癖を連発しているのではないかとか、そんなことを漠然と考えてしまった。

で、テレビの画面に目を戻すと「ブルーレット置くだけ」という商品名がしっかりUPになっていた。……もうね、疲れてると、とにかく仕事からなるべく遠く離れたしょーもない無意味なことしか考えられなくなってます。

ただまあ、飯を食いながらなにげにつけたテレビだったけど、この渡辺謙主演のドラマは意外に見応えがあった。昭和の名刑事、平塚八兵衛を主人公にした話はいままでにもテレビでは何度もやられているし、『少年チャンピオン』か何かで漫画化されていた頃は、僕はオンタイムで読んでいた。別に僕は八兵衛ファンというわけではないのだが、まあ、あの人は実際、昭和の大事件にいくつも関わっていたから、物語の素材としては間違いなく面白い。

とりあえず今回の八兵衛は目的のためには手段を選ばずというか、姑息な手で事件の関係者は騙すわ、やたらキレやすくてすぐ他人に喧嘩をふっかけるわ、けっこう嫌な奴になっている。そらそうだよなあ。昔の捜査一線の刑事なんて嫌な奴に決まってるもの。

恐らく一人だけスターになってしまった八兵衛さんにはやっかみや嫉妬も含めて、警察の中でもかなり嫌う人がいたんじゃないかなとも思うし、捜査能力ということなら、恐らく昔の警察には八兵衛さん以上の職人能力を持った刑事がごろごろいたはずだ。ただ、彼らと八兵衛さんの命運を分けたものは、やはり耳目を集める大事件、怪事件にあんなに続けて関わったか否かという一点だろう。

でね、リアルな現場的には、陽のあたらないよくある殺人や傷害の捜査を黙々とこなしながら、刑事としての人生を全うしていく無数の職人刑事たちがいるはずで、彼らはマスコミなんかに顔を出すことも一生ないし、逆にそんな形で脚光を浴びることに対してはむしろ嫌悪感を示すだろうと。ハイライトの本数も一向に減らず、事件が起きるたびに靴の底をすり減らして地道な捜査から犯人をいぶりだしていくと。そして事件解決の暁には華々しい警察発表などは署のお偉いさんやキャリアに任せ、真に功績のあった捜査員たちはひっそり焼酎で乾杯する。これこそが彼らの誇りであり、矜持でもあると、僕は何となくそんなイメージを持ったりしていたのだが。

そのイメージが変わったのはもう四半世紀くらい前。僕が編集者だった頃。僕の上司だった編集長のライバルでもあり友人でもあったB書房のSさんという名物編集長がいて、この人から直接聞いた話である。ちなみにこのSさんと僕の上司は、当時あの業界で天才と呼ばれた編集者の双璧だった。おかげでこの二人は還暦過ぎてもいまだに一線で現役である。

このSさんが、やはり当時の編集者のお約束である警視庁で始末書を書いていた時のこと。たまたま、その部署に置いてあるテレビから三浦逮捕のニュースが流れてきたというのだ。

少し説明しておくと、始末書は別に取調室みたいな個室で書くわけではない。警視庁の何階か忘れたが風紀係のあるフロアを訪ね、そこの刑事部屋というのか、普通の役所みたいにテーブルがいっぱい並んでいる中で風紀係の担当官のデスクに行き、その隣で空いているデスクか何か貸してもらって、担当官が読み上げる問題箇所を始末書にいちいち手書きで書き込んでいくのである。

始末書にはあらかじめフォーマットが書き込まれている。てゆーか、それも自分で書き込んだかな。つまり最初に「私は」で始まり、それからずーっと空白の行が続いて、最後近くの行でまた「の箇所について、不適当であるとの指摘を受けました。これを真摯に反省し、今後二度とこのような表現を用いないとお約束いたします」とか、文面は不正確だけどこんな感じの文章を書かされる。で、この空白の部分に担当官が不適切な表現として付箋を貼った箇所の頁数と理由を描いていくのだ。たとえば僕の場合は漫画誌であったから「60ページ上段のコマ、擬音ねちょねちょ」とか、「82ページ下段、この体位はダメ」とかそんな感じで。

僕はもちろんぺーぺーの若僧だから、口答え一つせず担当官の言うがままおとなしく書き写すだけなんだけど、Sさんクラスの人になると、もう担当官と雑談を交わすくらいの仲になっている。で、このとき始末書に指摘箇所を書き込んでいたSさんは、担当官の声が止まったのでふと顔を上げると、彼はじっと部屋の隅に置かれたテレビを見ていた。テレビではあの有名な、三浦逮捕の生中継である。業界用語で花道という言葉があることも、僕はそのとき初めて知った。有名人を逮捕して、待ち構えるカメラの放列の前に存分にさらしながら歩くことである。

「三浦、とうとう逮捕ですね」Sさんは担当官に声を掛けた。

「そうだな」担当官は、むすっとした表情で呟くように応える。

実はこの程度の会話だって、こんな状態の時に交わすというのは、あの状況に身を置いた経験のある人間としては信じられないくらいで、なにしろ始末書を書いてる時にそんな関係のない話を担当官にふろうものなら、反省の態度が足りないとか何とか、そんな難癖付けられて来月の雑誌のチェックもいっそう厳しくなる可能性だってありうるのだ。

だがSさんは相手がヤクザだろうが警官だろうがまったく同じ飄々とした態度で対応できる人で、このときも担当官に続けて訊ねた。「ああいう事件って、どうなんでしょうねえ」

この時のSさんは、別に大した意味もなく世間話程度のつもりで、三浦逮捕について警察内部の感想はどうなのだろう、という純粋な興味から聞いたらしいが、これを聞いた担当官はゆっくりSさんに顔を戻し、絞り出すようにこう言ったという。

「そりゃあ俺だってな、ああいう事件、やってみたいよ!」

多分どこかの飲み屋で何人かと飲んでる時に聞いた話だと思うが、このとき聞いた人間は全員大爆笑で受けていた。みんな警視庁呼び出しの経験くらいあったからね。

「いやあ、それ聞いた時、やっぱり警官も人の子なんだなって思いましたよ」Sさんは相変わらず飄々と、かつ楽しそうに続ける。

「あんなね、カメラの放列の前で逮捕した人間引き連れて歩くなんて、現場の人間はどう思ってんだろうと思ってたけど、やっぱあれ、得意なんだね。捜査官にとってああいう場面は一世一代の檜舞台なんだ。で、同じ同僚である刑事がかたや全国放送でとりあげられている時に、かたやこっちは何ページの陰毛が見えてたとか、割れ目の先っちょが2ミリ見えてたとかそんなことやってるわけでしょ。つくづく本音だったんじゃないかなあ。僕はあの担当官、ちょっと好きになりましたもん」

刑事だってやっぱり、報われたがってんだね。そりゃそうか。

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