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顔はぶたないで。女優なんだから…

今回から……といってもいつまで続くかわからないけど、映画とかの感想がメインの記事には、その映画に出てきたセリフを一つピックアップしてタイトルにすることにした。

意外とタイトル考えるのってめんどくさいんだよね。タイトルである以上、何か引きを作ってやろうとか、エロ本屋時代からの癖でつい下心が出てしまうと、さらに手間を喰うことになる。

で、映画の記事にはセリフだと。これ、単にタイトルに頭使いたくないだけの話なので、その場で目に付いた言葉をとりあえず拾ってるというレベルのあれだから、あまり名台詞とかその映画を象徴する深い言葉なんてものは期待しないように。ま、『お楽しみはこれもかもしれないよね…』という自信のなさそうなあれで、お送りする。

というわけで、録画しておいた『Wの悲劇』を見る。ただしタイトルのセリフのあれじゃあない。

昨日の夜だったか、飯を食いながらテレビをザッピングしてたらたまたまやっていて、しかももう始まって20分くらい経っていたので、冒頭に何が起こったのかはさっぱりわからなかったけれど、ベッドの上で胸から血を流して死んでいる津川雅彦の死後硬直を、ぽきぽきと音をさせながら菅野美穂がほぐしていたり、多分医者らしい香川照之が経鼻チューブで津川の胃に直接砕いたドリアを入れようとしたりしてたから、ははあ、これは死亡推定時刻をずらそうとしてるんだなと思い当たり、何だか面白そうだからそのまま番組を終了まで録画しておいたものだ。『Wの悲劇』を新作ドラマとして放映するという話は、もちろん以前に知っていた。

実は僕はこの原作は読んだことがない。タイトルだけ聞けばエラリー・クイーンのパロディだとはすぐわかるが、僕にとってこのタイトルで思い浮かぶ内容と言えば、もう20年以上前に公開された角川映画『Wの悲劇』以外の知識はまったくない。

だから当然、このドラマの制作発表の記事でキャスティングを眺めたときは、大女優の役は誰だ……えっ、もしかして真矢みき? ちょっと真矢さんでは大女優と言うには貫禄不足じゃないのかと思ったり(もちろん池内淳子という線も考えないではなかったが、池内さんがいま、ドラマの看板で出てくるとはちょっと思えんかったし)、もっと信じられなかったのは菅野美穂が主演ということで、え~っ、もしかして彼女が薬師丸の役になるのか~っ!? それはちょっときついんじゃないのか~っ、とか、いや、これは共演者に谷村美月の名も見えるから、多分彼女が昔の薬師丸の位置で、菅野美穂は映画で高木美保がやった、ちょっと意地の悪い女の役になって、このドラマはその女の視点から描き直すということでアレンジしましたという展開になるのではないかなどと、勝手に思っていた。

全然違うじゃん() ……正直、私は今回初めて『Wの悲劇』の内容を知りました。

そりゃそうだよな。一応原作の夏樹静子ってミステリー作家なんだから、映画を見たときは結局この話のどこが本格推理だったんだろうって、そのことだけが最大のミステリーとしていままで残ってたもん。これが完全な僕の勘違いであったことは、今回のドラマを見終わった後、インターネットで調べて初めて知った。それによればあの映画は薬師丸ひろ子の記念作品を作るために、夏樹さんの原作を借りる形で作られた、ほとんど別のストーリーだったらしい。

言われて思いだしたが、そういやあの映画の中で、三田佳子演じる大女優の新作舞台のタイトルが確か『Wの悲劇』であったか。で、物語はその舞台のメインキャストを巡って展開する新人女優の確執が、劇中劇である『W』と重ね合わされながら描かれていたのだ。まあ、僕は特に絶賛すべき内容とも思わなかったが、映画自体の評判はよくて、確かその年の映画賞関係を軒並み獲得した作品だったと記憶する。僕が菅野美穂のドラマを、で、三田佳子みたいな大女優はいつ出てくるのだと頭の片隅に置きながら最後まで見てしまったのは、結局無駄な努力であったというわけだ。

菅野ちゃんのドラマも、現代風にアレンジしてあるというから、原作とはまた違う部分もあるのだろうが、少なくとも映画版よりはこちらが原作に近いのだろうなという気はした。別に確かめる気もないが。雪に閉ざされた山荘。そこに集まった資産家一族の人々。そして死体となって発見される一族の総帥。うん、確かにこれこそ正しくクイーンに捧げられた話であるに違いない。

全体の出来を言えば、キャストはそれなりにそれぞれ魅力的な配置だったと思うが、唸るほどの出来映えというわけではなく、正直、ミステリーとしては中途半端。刑事役の小日向さんが探偵パートを受け持ち、これはこれでいい味出してるとは思うけど、推理ドラマとして見ればたとえば『刑事コロンボ』初期シリーズの出来のいい方には完全に負けてる。

ただし、菅野美穂はやはりうまいというか、存在感がある。多分山荘を訪ねてきて、事件に巻き込まれる第三者という立場だが(なにしろ最初の方を見てないもんで)、時にふてぶてしく、タフな神経を持った元キャバ嬢という設定がぴったりはまっていて、彼女の芝居にはけっこう笑わされた。

映画版『Wの悲劇』つながりで言うと、先日もWOWOWで放送していたクドカン脚本の『印獣』を見たばかりである。これは古田、生瀬、池田という3人の曲者役者が集まってやってる演劇集団の確か2回目の公演になると思うが、何年か前にやった1作目の『鈍獣』が僕としては面白かったので、これも録画しておいたものだ。

テレビ画面で観た芝居の話をするのも気が引けるから詳しくは省くが、これも面白い作品だった。最近クドカンの脚本には文句ばかりつけてるから、それほど期待しないで見たものの、やはり芝居出身の人は本籍の芝居になると違うものだと、素直に脱帽。なにより笑ったのは、大女優の役で三田佳子が出演していることだ。

多分、冗談であの三人の誰かが大女優なら三田佳子辺りに出てもらおうかなどと口走ったのがきっかけだったりするのだろうが、それをマジで受けた三田佳子も大したものだ。僕はいままでこの女優さんは『Wの悲劇』の大女優役以外にさしたる記憶も興味もなかったのに、完全に見直した。というのは。

冒頭の方の三田さん登場シーンから中盤くらいまで、正直言って彼女はずうっと浮いている。そりゃそうだ。彼女がいままで出演し、舞台女優として確固たる地位を築いた新劇、もしかしたら新派かもしれないけど、どちらにせよ、それなりに伝統のあるオーソドックスな大衆演劇の世界と、若手、といってももうほとんど僕らと同世代だが、その辺りが中心となっているニューウェーブな劇団の芝居とでは、その演技手法から何からずいぶん勝手が違うはずだから。

彼女自身、最初はあの芝居の中で自分の立ち位置に相当戸惑っていたのだろうなということは、時折見せる彼女の表情や動作の端に、どことなく見てとれる。仮にそれも計算ずくであったにせよ、クドカンの台本は彼女に半ばサディスティックともいえるほどに、いろんな芝居を要求する。たとえばランドセルをかついだ三田佳子とか、三田佳子のセーラー服を見たいという需要は果たしてどれだけあるのか? 少なくともそこまでマニアじゃない僕は前半に関して言えば、ずいぶんイタイものを見せられると感じていた。

ところが前回の『鈍獣』の時もそうだったが、後半、この劇は突如としてホラー的な要素を含みながら意外な真相に向けて急展開していく。その辺りの足場がぐわらぐわらと崩れていくときの落差が気持ちいい。そしてクライマックスにすべての真相が明かされるとき、実際の話、これは半端な客演女優に任せたのでは決してもたなかっただろう。

あの芝居のオチを文章に直せばある意味、あり得ないし、陳腐でもある。恐らくそのままでは文学作品にはなり得ない。ところがどんな内容の台詞であろうと、ある種の役者の肉体を通じて聞くと、なぜか納得してしまう場合がある。役者の演技とはつまるところ説得力なのだ。その意味において、どこにでもいそうな若者や中年をその年回りの役者が素に近い芝居をしてリアリティだと称するよりも、現実生活では恐らく一生会うことなどない犯罪者、狂人、あるいは神様や宇宙人の存在にさえリアリティを感じさせるのが役者の実力というものだろう。

三田佳子が大女優であるという一般了解があるかどうかはともかく、あの芝居の中で大女優という役を演じる三田佳子の存在の見事さに、僕はテレビ画面越しに参ってしまった。これ、もし劇場で体験していたら、ぼろぼろ泣いていたに違いない。これは役者の生の体を素材として使える舞台以外にはありえない効果だ。この点において僕は演劇というジャンルをうらやましく感じる。

ああ、それにしてもずいぶん、生の演劇を見ていない。以前、大阪へ観劇に行ったときは何とか夜中に戻ってきたが、神戸まで見に行ったときはそのためだけにホテルを取って一泊した。地方にいると芝居一つ見に行くのも大ごとである。

昼、休憩時間で戻ってきた妻と飯を食いながら、たまたま菅野美穂主演の『Wの悲劇』の感想を話していた。まあまあ、上に書いたようなことで、でもミステリーとしてはもう一つ二つどんでんがないと弱いよなあとか何とか。妻はあれをちゃんとは見ていない。僕がリビングでテレビを見ている横で、食事の準備をしたり洗濯したり、まあその合間合間にちらちらと画面は見ていたかも知れないが。

「でも私、最後の方では何か切ないっていうか、ちょっとじーんとしたなあ」

え? じーんとするようなとこってあったか? ……ああ、もしかして真矢みきが真相を告白して自分の旦那を刺すシーンのこと?

「そうじゃなくて三田佳子が」

……いや、三田佳子はあれ、出てなかったぞ。何の話をしてる?

「え? だって『Wの悲劇』でしょ?」

ああ、映画の話か。まあ、確かに映画のラストはあれはあれでちょっと切ないっていうか、薬師丸ひろ子の最後の挨拶にちょっと胸きゅんな要素はあったかもしれないけど……三田佳子の見せ場なんてあったかな。もうずいぶん昔に見たものだから忘れちゃったよ。

「え? ついこの間、見てたじゃない」

この辺りから例によって僕はまた、妻の会話に混乱を始めてしまう。いやいやいや、見てないです。三田佳子の『Wの悲劇』は。

「嘘。あなた、確かに見てた」

『Wの悲劇』は見たけど、あれはTBSが作った新作だ。三田佳子なんか出てない。

「見たって。私、ちょろちょろとあなたがテレビを見てるときに聞いてたもん。最後に大女優の三田佳子が自分の犯罪を告白して……」

ようやく僕は妻が何を言ってるのか理解した。例によってあくまで一方的な僕の解読努力によってだが。てゆーかそれ、おまえの言ってるのは『印獣』のことだろっ!!!

「え? あれは『Wの悲劇』じゃないの?」

違う! あれは芝居だ。舞台公演の中継録画だ。

「あ、そうなんだ。私は三田佳子が出てるものだから、つい」

三田佳子が出てたら何でもかんでも『Wの悲劇』だと思ってたら大間違いだぞ!

「だってあなたが続けざまにテレビでいろんなもの見てるから、話がごっちゃになっちゃって、ちょっと混乱したのよ」

ごっちゃにって、ちらっと見ただけだってキャストも画面も何もかも違うことくらいわかるだろっ! おまえの頭は目や耳から入ってきた情報をそれぞれ分類整理して記憶するということができんのか!?

「人には得手不得手ってものがあるでしょ!」突然、妻が反論した。「たとえばあなたは自分の部屋の中が整理できないじゃない!」ま、待て。なんでいきなり俺の部屋の話になる? そんなのいまの話と関係……「いいえ、あるわよ。あなたは部屋が整理できない。なんでもかんでもそこらへんに乱雑に散らかしたまま。それと同じで、私は頭の中が整理できない。そういうことよ」言い切って妻は、なぜかしてやったりの笑みさえ浮かべた。

え? えぇえぇ~~っ???

……違うと思うのに、なんで俺はいま、なんか言い負かされた感に浸らされてるんだろう。

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