赤の方、アタックチャーンス!
なにしろ、田中好子さんが亡くなったことについて何か書こうと思っていた。
僕は別にキャンディーズのファンというわけではなかったし、いわゆるラン、スー、ミキと並べられてどれか選べと言われたら、多分スーちゃんは一番最後まで残ってしまうタイプだったが、そんな僕でも同じ時代に青春を走っていた者の一人として、田中さんの死に関しては物思うこともあったはずなのだ。……結局、大したことも思い浮かばなかったので時間が過ぎてしまった
そうこうしてるうちに出崎さんが亡くなった。このことについてもかつてのアニメファンとしては、ぜひ追悼的な話の一つもUPしようと思っていた。そもそもここにきて、最近またアニメ関係の巨星が次々と亡くなっているのだけれど、いかんせん裏方の話題とされているのか目立ったニュースとして表で聞くことがほとんどなく、おまえらこの方々にいったいどれだけ世話になってきたと思っているのか的な文の一つでもかまそうと思っているうちに、時間ばかりが経ってしまって、もう旬の話でもなくなってしまった。
こういう人たちに比べると、先週亡くなった児玉清さんの場合は、僕らの世代にとって、そう個人史に密着した存在というわけではない。でも彼の死を報じるニュースを見ていて、ふとどうしても書きたくなったことがあったので一つだけ書いておく。
児玉さんの主な出演作品は彼の死を報じる幾つかのワイドショーでも年表形式で触れられたりしていたが、クイズ番組やらキムタクと共演したドラマの名前はあっても、僕が児玉清の名を聞いて真っ先に思い出すあの作品は、どの番組でも触れられてはいなかった。もちろんあくまで僕の知る限りの、極めて個人的な感想での話だけれど、児玉清が見せた最も見事な芝居は、NHK大河ドラマの『太平記』で演じた金沢貞顕だと思う。
もともとこの人は役者としては凡庸な人なのだろうという印象が強い。いいパパ役とか、落ち着いたインテリ役とか、要するにこの人が晩年作り上げることに成功したイメージに沿った配役なら、見ていて何の違和感もなく安定感も感じただろうけど、役者としての強烈な個性とか、ときに狂気を予感させる目であるとか、その手の振幅を持たない人だと思っていたからだ。
もう20年くらい前の大河で放送された『太平記』は、僕の中では大河史上ベスト1といってもいい作品である。脚本もよく出来ていたし、綺羅星の如く次々と登場する個性豊かなキャラたちの配役も、概ね見事であった(除赤井英和)。この中で児玉さんは物語の前半、すなわち鎌倉幕府が滅亡するまでの話で、幕府中枢の北条一族に連なる一門武士の金沢貞顕として登場する。
このときの『太平記』は執権役の鶴太郎や楠木正成を演じた武田鉄矢に至るまで、みんなまるで何か乗り移ったように名演技をするのだが(除赤井英和)、この児玉さん演じる金沢貞顕も、そんな雰囲気にひきずられたのだろうか。御承知の通り物語は、源氏から政権を簒奪した北条家の支配も末期症状を呈し始めた頃から始まる。この時幕府の実権はすでに執権北条家にはなく、有力御家人の長崎家が握っていた。この長崎家総帥である長崎円喜という人物は、主人公尊氏の第一部における宿敵であり、結果的に鎌倉幕府を滅亡に導く底の知れない悪役なのだが、これをフランキー堺さんが実に楽しそうに演じていた。
ただし、円喜と違って貞顕は基本的に善良な人物である。あ、ちなみにいましてる話は全部ドラマの話なので、念のため。だから鎌倉に出仕した尊氏がだんだん目の上のたんこぶとなり、彼を陰謀で潰そうとする円喜に対し、貞顕は常に同情的だし、何とか幕府の体制を維持しつつ、尊氏も目が出るようにしてやろうとしたりする。
ただ肝心なところで彼は優柔不断であり、結局北条家の一族でありながら権力者である円喜の意向に逆らってまで自分の意思を通すようなことは出来ない。この、人はいいのだが流れに身を任せて流れるしかないインテリ武士といった造型を、児玉さんが演じるとぴったりハマって、ああ、こういう人はいまもそこかしこにいると、自然に思い浮かんでしまうのだ。
最後、尊氏ら源氏系武士の蜂起によって鎌倉幕府が滅亡する際、追い詰められた北条氏と長崎一族はどこかの寺にこもって全員壮絶な自害を遂げることになるのだが、この最期の場面、たとえばフランキーさんの円喜は覚悟の上の自害らしく、従容として自分の腹に小刀を突き立てるが、火のついた寺の中、一族の女子供も次々と死んでいく中で、児玉さんの貞顕は、腹を切る前にいったん、憤懣やるかたない表情を見せて溜息をつくのだ。セリフは何もないシーンである。なのにあのときの児玉さんの芝居はいまでも脳裏に焼き付いている。
もし機会があればまた見返してみたいと思っているが、あの貞顕は、ほんとに「あ~っ、くそおっ!」という感じを実に見事に表現していた。言葉にもならないわずか数秒のシーンだが「なんでこんなことになっちまったんだ!」とか「だからあのときああしてりゃ……」という悔しさやら後悔やらがないまぜになった感情を、あの芝居一つで表わし、脆弱なインテリの悲劇をまざまざと見せつけてくれたのである。
多分いま、福島原発の関係者の中にも、あのときの児玉さん演じる金沢貞顕のような表情を見せている人がいるに違いないと、あらためて彼の訃報に接し、そう思った。ご冥福を。
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