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ま、ぎりぎりセーフかな(^^ゞ

今週の、もしかして先週の、というべきか、まあ例によって『カーネーション』の話ですが、糸ちゃんの不倫編、タイトル的に言えば「隠しきれない恋」の回、これはちょっとね、この週で無理矢理納めてしまったなという感じ。このドラマを見始めてから初めて、脚本が厳しいなあと思わざるを得ない展開が随所に見えて、もちろんそれでも民放がプライムにオンエアしているドラマのほとんどよりはこちらの方が面白いわけだけど、逆に言えばいままでの脚本が図抜けていた分、今週はちょっとアラが目立った、そんな印象のある週だった。
 
見ている人はわかるだろうが、この脚本、いままでも必要な場面以外の場面は徹底的にそぎ落とし、このエピソードもっと見せてよとか、このあとどうなったのかもっと見たいと視聴者が思うくらい、不要な部分はばっさばっさと切ってきた。そのシンプルさこそこの脚本の骨太さにも繋がっていたのだ。
 
つまりこの物語はそれだけヒロイン糸子の視線にこだわっているということで、糸子が実際に遭遇していないシーンはほとんど入ってない。作家としては普通ならおいしいシーンを入れたくなるのよ。勝さんが遠い戦地で星空を見上げながら「糸子」と呼びかけて息絶えるとか、お父ちゃんが旅館の布団で最後に一言「糸子」と呟いて死ぬとか、おじいちゃんが……もうええか。
 
だから僕らは糸子の感覚と同じ体験をする。親の死に目に会えなかったのも、同居してない家族なら普通のことだし、戦地に行った周りの男たちがことごとく死んでしまうという体験も、実際の戦地の様子はその場にいた者にしかわからないことだから、むしろドラマとしては極めて誠実な作り方である。ところが近年の日本のドラマはとかく過剰であることを旨とする。主人公はちゃんといるはずなのに、脇役のあいつはいま何をしてて、脇脇役のこいつはどこで何を考えてて、なんてことを細かく画面とセリフで説明するドラマがとにかく多い。
 
このドラマはその意味で実に丁寧かつ大胆な展開の緩急の付け方が名人級だとさえ思っていたのだが、さすがに今週はその上手の手から何かがダダ漏れしてた。これは好き嫌いや見方の違いの問題ではない。はっきり構成の失敗だろうと思える箇所が何カ所もある。2、3点、僕が感じたことを述べておく。
 

従来このドラマは不要な部分はそぎ落としても、それにまつわる最低限必要な箇所はちゃんと入れて、感動させたり泣かせたりしてきた。基本的には数回から数週間前に伏線を打ち、後にきっちりとそれを回収するやり方である。これはうまく決まれば極めて効果的で、このドラマでもやられたっと思うエピソードが幾つもある。
 
ただし、何か意味ありげに画面に出してきたものが回収されないと、見ている方としては何か放り出されたような宙ぶらりんな気持ちになってしまう。今週、このドラマに珍しくこんな印象を受けるパターンが目立った。たとえばあれは水曜か木曜の放映終了間際、鑑識六角の会計係恵さんが、小原洋裁店に鼻息も荒く登場するシーンがある。この人はここに勤めてるんだから、こんなに出社場面を強調する必要はないわけだ。逆に言えばこれほど強調するからには恵さんが、何か新たな問題の火種を持って登場したのではないかと、そんな予断を視聴者に抱かせる演出が取られていた。
 
実際、洋裁店に現れた恵さんは、戸惑う糸子を無理矢理二階に連れて行き、真剣な顔で一生のお願いがあると切り出す。いったい何事が起きるのかと思っていたら、場面が変わって次のシーンではラジオの前でにこにこして放送を聞いている恵さん。つまり、彼は歌舞伎役者である小泉元総理の息子の大ファンで、ラジオに彼が出るというので仕事を休んで放送を聞かせてほしいと糸子に頼んだだけらしいのだ。これに何か意味があるのかと用心してたのに、結果的に本当にただそれだけだったみたい。だったらあの仰々しい演出は何だったんだ。それこそナレーションですむ話だろ、ナレーションでっ!
 
と思っていたら放送を聞き終えた恵さんが仕事場の机に座るなり電話が鳴って、受話器を取った恵さんが「なに……噂? え、先生と……周防さんの?」でエンディング。正直言ってこんな安い昼ドラみたいな引っ張り方、数十年ぶりに見た気がする。
 
今週の大きな不満はもう一つ。奈津のエピソードだ。これも唐突と言えば唐突に舞台から去った。それも奈津のウェディングドレスを糸子に作らせるまではよかったが、そのことを奈津は知らずに、つまり糸子は奈津が自分のドレスを着る姿を見ずに、奈津は安岡の店をやめる。いくら必要ない部分はそぎ落とすといっても、このそっけなさはないだろ。
 
恐らくこれは以前、糸子が披露宴をあげたときには自前の花嫁衣装を忘れたために奈津の花嫁衣装を着た、そのエピソードに対応させる狙いがあったのだと僕は思う。同時に、奈津とラサールのカップルの恋、ラサールが糸子に漏らした「あの子を幸せにしてやりたい」は明らかに糸子が周防との恋において、互いを幸せに出来ない存在であることに気づくセリフと対応している。
 
なのにそこらへん、何にも回収しないでほったらかし。糸子は奈津の転落と再生に深く関わりながら、今週いきなり出てきたラサールにひょいっと連れ去られてしまうなんて、このエピソードはどう考えても消化不良、中途半端もいいとこである。そもそも糸子が奈津に立て替えたはずの借金はどないするんや。いままでの脚本なら少なくとも疑問として残りそうな部分はすべてクリアしていくはずなのに、そこもスルー。
 
まあ今週は他にも近藤正臣組合長の妙な激励とか、いつ大阪に来てたんだ周防の家族とか、悪ガキ娘たちの突然の殊勝さとか、とってつけた感とかやっつけ感が微妙に目立つ回であり、僕が期待した朝ドラ史上まれに見る流刑地ドラマの幻想は見事に打ち破られた。ま、それはそれで仕方ない。物書きなんて調子のいいときもあれば悪いときもある。頼むからアベレージで見てくれ。
 
ここから先は僕の勝手な妄想。一つ匂うのはこの本、決定稿直前に直しが入ったか何か、逆にプロデューサーなんかから急遽直しを要請されて、いや、私はそんなことできませんと脚本家が拒否したかで、じゃあこっちで勝手に書き換えて編集し直すけどいい? てな感じで撮られた回ではなかったかと。だとしたら演出と脚本のばらばらさ加減も何となくわかる気がするんですがね。僕もいっぺん、そんなぐちゃぐちゃになった小説書いた覚えがあるし(ーー;)
 
なぜそうなったかはわからないが、もしかすると今週このドラマで描かれるべき内容が、脚本家の描きたい内容と違った(たとえば脚本家は朝ドラでヒロインの不倫なんか書きたくなかった)とか、脚本家の描いた内容と局側の求める内容に食い違いがあった(たとえば脚本家はもっとヒロインのどうしようもない恋をもっとどろどろに描きたかったが、そこまでするのはやめてくれと言われた)とか、なんかそんなことで脚本家がやる気をなくしてしまったんじゃないか、と、ここまでが僕の妄想。まあ一流のプロがそんなことで臍を曲げるわけもないので、渡辺あやほどの作家にしても今週のこのテーマは描きづらかったんだろう。
 
とはいえ、やっぱり役者がうまいんで、見ていればつい、ほだされてしまう。胸焦がすような恋を経験しなかった糸子が、初めてか弱く傷つきやすい女の子のような気持ちでそばにいたい男性を見つけ、その男性と一緒にいるためには自身が誰に何と言われようと金を稼ぎ、鉄の女のように強くならねばならないという矛盾。その糸子が最後に周防さんの胸で「うちは、どこで間違えたんやろ」と呟けば、そこはもうね、おいちゃんも黙って目に涙を溜めるしかないやないか。
 
確かにカンスケとの一件などを見ても、失敗も多く過剰な自信と傲慢さも目立つ彼女だが、ここでの糸子は特に間違ったわけではない。強いて言うなら、糸子がああいう風にしかできなかったのは戦争のせいだ。と言うと唐突だろうか。だが彼女は夫も、幼なじみも、小さい頃憧れた男も、みんな戦争で殺されたのだ。近藤組合長の歯切れの悪い激励はもしかしたら脚本家自身の迷いも正直に表わしていたのかもしれないが、一つ今週も貫かれていたテーマ、そしてそろそろこのテーマも終わりだろうけど、それはやはり戦争の傷跡である。
 
近藤さんがごにょごにょ言っていたのは要するに生きてるうちが花やぞということ。それが週後半の糸子の糾弾会議で、糸子がきっぱりと言い放つ「でも、2人とも死にました」に対応している。あのセリフは僕の中では今週の糸子ナンバー1。普通の道徳観を持つ大人であるはずの近藤さんがなぜそんなことを言ったか。それは彼の道徳観を変えるほどの出来事が戦時中にあったのではないか。それを踏まえて糸子は前に出る。死んでしもたもんは死んでしもたもんや。うちらは生きてるんやで! という精神があのセリフからは感じられる。だから今週のさすが糸子。
 
そう考えると今週の脚本の混乱はともかく、今週だけを取って糸子不倫編と見るのは間違いで、年を越してこの1月間、ずっと戦争の傷跡をこのドラマは描き続けていた。たとえば焼け跡で生きる孤児の群れ、それから奈津の救出と復活、同時に安岡のおばちゃんの復活、これらはすべて戦争の犠牲者だ。そしてそのまとめとして糸子と周防の恋が描かれたなら、構成としては得心がいく。でもやっぱり、不倫の関係となるとどう描いても難しいだろうな。実際、おまえやれと言われたらとてもじゃないが書けません。
 
そんなわけで今週に限って言えばぎりぎりセーフだが、ドラマとしての魅力はいささかも損なわれていない。多分来週からは高度経済成長期編というところか。このドラマは時代考証も実に丁寧にやってるので、僕らが少年期を過ごした時代をどのように再現してくれるのか、そのあたりも見物である。

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