« 収入の話 | トップページ | ポイント・オブ・ノーリターンな9月 »

愛ちゃんの「しかみ家康」

ま、いまさらオリンピックの話もなんだけどさ()
 
でも、書こうと思ったことをメモっといて、文章にまとめきれずにいる間に時機を失するということはよくある。まるで僕の小説のように……
 
そうしたら昨日のパレードのニュースである。銀座に集まった人々の鳥瞰図をちらりと見たが、あれは確かに凄い。あんな人並みを見るのは、ほとんど太平洋戦争で日本の降伏を祝うニューヨークの祝勝パレード以来ではないか
 
そんな戯れ言はともかく、せっかくなのでオリンピックネタを蒸し返そうと思ったが、結局今回のオリンピックで最も印象に残ったのは僕の場合、やっぱり卓球女子の活躍だった。いや、実のところ今回の女子選手は偉そうに言うのも何だけど、みんな成長著しく、女子のシングルス戦を見ていたときから、あ、今回は愛ちゃんも佳純ちゃんも、ベスト4までは残るんじゃないかと思ったくらいでね。ま、全然予想は当たりませんでしたが()
 
むしろ団体はどこと当たるかというくじ運などもあるし、今回もメダルはぎりぎりのところで難しいと思っていた。なにしろ団体戦となると、強いところは束のように強い。理由は簡単で普段の練習相手もみんな強いからね。身も蓋もない言い方をすれば、いまの卓球界はどこも中国に勝てない。強い国とは、だから中国と、中国の選手が多く入り込んでいる国ということで、いくら僕が国粋主義者でもこれは認めざるを得ない事実だ。
 
ただ、その卓球女子チームが団体で銀メダルを取ったということは、乱暴な言い方をすれば中国以外のチームは撃破したということだ。決勝を見た限り、さすがにまだ実力の差は開いていたが、それでも中国を追い詰めるところまできた、形の上ではそういうことになる。だから、銀メダルでも愛ちゃんたちがあんなに嬉しそうに泣きだした気持ちは実によくわかった。てゆーか、僕も一緒に号泣してたし
 

僕が卓球少年だったのはもう40年も昔だが、あの頃の世界大会などで表彰台の一番上に乗っているのはたいてい日本だった。個人戦でも、男子なら日本人、外人、日本人みたいな表彰はざらに見かけた。しかし70年代、中国が国際舞台に復帰した折り、彼らが世界に自分たちの存在をアピールする手段として真っ先に選んだのは卓球だった。
 
ピンポン外交なんて言葉があったことを覚えている人はいるだろうか。あれは当時の中国外交を表現する言葉だ。国際社会に登場した頃の共産中国は、少なくともその外面(そとづら)はまことに微笑ましく、愛想のよい国であったからね。しかし、ピンポンなんてのどかな言葉の響きとは裏腹に、彼らはまず日本を目標にし、日本を倒すために5カ年計画とか10カ年計画だったかを立てて、日本に挑戦してきたのだ。
 
すなわち、彼らは卓球に国威を賭けていた。そんな勢いで奪い取った王座は、そう簡単に崩れるものではない。この数十年、卓球の世界大会ともなれば日本はかつての卓球王国の輝きをすっかり失い、中国どころか韓国にまで敗れ、その後塵を拝するのが定位置という、甚だ寂しい現状だったのは御承知の通り。
 
だからいまからおよそ20年前、マスコミに取り沙汰されるようになった一人のちっちゃな女の子、自分の顔くらいありそうなラケットを振って、卓球天才少女ともてはやされていたあの少女を初めて見たとき、マスコミ的には彼女は間違いなく色物の扱いで世間も十中八九、そう見ていたに違いないが、少なくとも僕は、彼女がこのまま本当に卓球選手となり、いつか韓国や中国を倒してかつて失われた日本の栄光を取り戻す戦士になることを、心のどこかで願い続けていた。おお、まるでこれは長い長いヒロイック・ファンタジーの世界そのまんまじゃないか。なんて、ちょっとベン・ケノービな気分にも浸ってみたり。
 
実際、事実は下手なファンタジーより何とやらで、彼女はやがて成長し、美し……可愛い戦うプリンセスとなって僕らの前に現われた。ただし、年相応に実力をつけてきた彼女が国内ではかなうもののないトップ選手だったとしても、僕らはやはり目標は世界のトップ、特に中国、韓国を打ち破れる最終兵器愛ちゃんを希望していたのだから、世界戦でなかなか最上位に食い込めない彼女を見て、ずいぶん歯がゆい思いもしてきた。
 
今回ロンドン五輪の団体チームは、絶対的エース福原に、そのエースをもおびやかす存在となるまで成長した石川、そして最年長の鬼軍曹平野と、実にメンバーのバランスもよかった。佳純ちゃんはまだ若さも見えたが、あの子はきっとまだまだこれから強くなる。その伸び代が凄くありそうな選手として成長していた。ひいき目かも知れないが、彼女はオリンピックで試合を重ねながらなお、一試合ごとに進化している感じさえあったからね。ある意味、ニュータイプ型戦士である。
 
ともあれ、彼女たちの活躍で、日本の卓球がようやく上に一つ残す位置まで戻ってきた。そう、これはまさしく王の帰還なのである。愛ちゃんたちはもちろん知らない時代の話だし、王というにはまだ最後の敵を倒さなければならないけれど。
 
今回のチームと結果は、福原愛という少女の存在抜きには考えられないことだった。泣き虫とまで揶揄された天才卓球少女は、やがて日本の女子卓球界に君臨するエースとなり、その姿に憧れた5つ年下の少女は、愛ちゃんの背中を追って卓球を始め、やがて昨年の全日本で愛ちゃんを倒すまでに成長した石川佳純となる。これに衝撃を受けた愛ちゃんは自分の弱点克服にさらなる努力をし、今年の全日本ではしっかりリベンジを果たしている。
 
また、世界レベルの技術を身につけるために単身、中国の超級リーグに乗り込んだ彼女の姿を見て、自分も中国で腕を磨く決意をしたのが3つ年上の平野早矢香。つまり今回のチームに限って言えば、これは愛ちゃんを核として成立したチームなのだ。そんなことをね、1ヶ月くらい前にやってたNHKスペシャルの「愛と佳純」というドキュメンタリーを見て、思ったりしてたわけだね()
 
だけど僕が一番感動したエピソードは、オリンピックの銀メダル確定後、どっかのワイドショーか何かで知った話だ。それは、ある卓球専門誌の編集長がインタビューに答えて明かしていたのだが、それによれば前回の北京オリンピックで日本女子チームは、3位決定戦で韓国に敗れてメダルを逃していた。日本敗退が決まった最後の試合の敗者は愛ちゃんだ。僕の記憶では確か平野と組んだダブルスだったと思うが、とにかくこの試合の直後、件の編集長のところに愛ちゃんから直接電話があったというのだ。
 
電話に出た編集長に愛ちゃんは、韓国戦で負けた瞬間の自分の顔が映っている写真はないかと聞いたそうだ。もちろん写真はいっぱい撮ってるから、画面手前で韓国人ダブルス選手が飛び上がるように喜んでいて、その奥、卓球台の向こうに、呆然とした表情で喜ぶ韓国選手の方を見ている愛ちゃんの顔が写っている、そんな写真があった。
 
それ、引き延ばしてくれませんか? 愛ちゃんはそう頼んだそうだ。別にいいけど、こんなゲンの悪い写真、どうするのかと思って編集長は愛ちゃんに聞いた。愛ちゃんは一言で答えたそうだ。
 
「ロンドンまで、練習場の壁に貼っておきたいんです」
 
徳川家康の肖像画の中に、一風奇妙な絵があるのをご存じだろうか。普通、武将の肖像画とは、それなりに自分の威厳や貫禄をひけらかすために描かれているのだが、この家康の肖像は床几に腰掛けてはいるものの、頬杖をついて恐怖か怒りかわからぬが、目を見開き、唇を噛みしめている。少なくとも立派なお館様の姿として床の間に飾りたいような絵では決してない。
 
実はこの絵は、家康が生涯最大のぼろ負けを喫したという、三方原の戦いの直後の姿を描いたものとされている。敵は命さえ長らえていれば、恐らく戦国最強だった武田信玄。家康は後年、野戦の天才と言われたが、その家康でも信玄には歯も爪も立たなかった。これがどれくらいのぼろ負けだったかというと、家康はほとんど単騎で逃げ帰り、あまりの恐怖に馬上でうんこまで漏らしたという話である。
 
もっともね、合戦中だったら馬上の武将はうんこも小便も垂れ流すはずだから、このエピソードで家康がびびった証拠というのは誤解釈のような気もするが、ただ完膚無きまでの負けには違いない。城に逃げ帰った家康は、そのときの己の姿を絵師に描かせ、これを常に身近に置いて己への戒めとしたという、いかにも家康らしい一席。この絵を「しかみ家康」という。「しかみ」は「しかめっつら」と同じ語源の言葉ね。
 
愛ちゃんのような若い女性が、こんな歴史のエピソードを知っていたかどうかは知らない。むしろ知らないんじゃないかなと僕は思う。なのに、ワイドショーで、負けたときの写真を求めたという彼女の話を聞いて、僕は思わずテレビの前で膝を打ったものだ。
 
愛ちゃん、ぜひもう一度、世界の天下取りに挑戦しろよな!

« 収入の話 | トップページ | ポイント・オブ・ノーリターンな9月 »

ノンセクションの50」カテゴリの記事

コメント

1年に一回しかラケットを振らない卓球で、ここまで熱い話が書けるとは! 

とても「木は森に隠せ!」のようなお○○な方と同一とは思えない……

文庫大賞の締切、大丈夫ですか?

えぇ~? 「木は森に隠せ」みたいな話はお嫌いぃ?
……僕はけっこう気に入ってんだけどなあ()

文庫の〆切はまだまったく手がつけられてない状態ですが、
ま、今回は爆発力で何とかしようかと……

そちらは何か準備してる? ま、そこらの話はいずれまた東京で。

嫌いじゃなんいですけどね。

自分の感覚がどこまで普通なのかわからないので、突っ込んでいきそうで怖いだけでして……(^-^;

涼しくなりましたら、また上京して下さい!

この記事へのコメントは終了しました。

« 収入の話 | トップページ | ポイント・オブ・ノーリターンな9月 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ