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父の慟哭

それにしてもiPS細胞による心臓病治療の話には参った()

 

うちは読売新聞は取ってないので、そのニュースを知ったのは先週の朝の『すまたん』の辛抱さんのニュース解説のコーナーだったのだが、新聞記事をテレビで解説するコーナーだから、もちろん詳しいことなどよくわからず、ただ話の額面だけ信じれば、それって凄いことじゃん、iPSってもういきなりそんな治療に使える話になっていたのか、まったく知らんかった! と、自分の不明を恥じたものである。

 

恥じたばかりではなく、ちょうど先週書き上げた『なみ診』の原稿が、このところシリーズネタとして登場させている心臓病の少女の最終エピソードで、ま、こんなところを覗いている『なみ診』読者がいるはずもないだろうからネタをばらしておけば、彼女は結局国内で移植手術は受けられず、父親は決死の覚悟で1億近い金を作り、海外での移植手術を求めて成田を飛び立つ、という場面で終わっている。

 

そのとき空港ロビーで見送りに来た桂木と交わす会話があるのだが、桂木は結局、日本の移植医療態勢では彼女を救うことができなかったことを詫び、それに対して彼女が返す答えに、僕は一瞬、この聞いたばかりの最新のニュースを採り入れてやろうかと思ったのだった。つまり、もしかしたら将来、iPS細胞によってこんな難病も移植を待たずに救われる日が来るかもしれない、と。それは現にそんな病気で苦しんでいる人々に、大きな希望をもたらす福音にもなるじゃないかと……。

 

書かなくてよかったあ~()

 

ま、正直言ってそんなに大した勘が働いたわけではなく、読売があんなに1面ででかでかと書いてるのに、そんな大ニュース、しかもノーベル賞獲得のこのタイミングで凄まじい快挙が行なわれて、他の新聞各紙が指をくわえて見ているはずがないと思っただけだ。特に、いくら読売が抜いたとはいえ、そんな科学話題大好きな朝日新聞が一言も触れてないのはなんでかと。も一つついでに言えば、辛抱さんが興奮して解説しているその横で、いつも茶々を入れる役割の森ちゃんが「なんかドクター・ハウスみたいな話やなあ」と突っ込んでいた通り、確かにすべてがあまりにドラマチックで出来すぎた話という感覚もあった。

 

今朝のワイドショーはあっちもこっちもトップニュースは問題の人の話題で花盛り。てゆーか、もう笑っちゃうくらいこの自称研究者の話がうさん臭すぎて、よく考えれば笑えないのは日本のマスコミの能力だ。この人のことは、少し真面目に裏取りをやれば、今回の話が少なくとも眉に唾して聞いた方がいいくらいのことは、すぐわかったんじゃないか。それをこんな簡単に真に受けて1面に乗せる新聞も新聞で、確かに大マスコミの記者の取材能力は年々劣化しているらしい。

 

でもそれは、日本人全体が最近どうも劣化し過ぎてんじゃないかと思える今日この頃の現象の一つだから、マスコミの記者だけを責めてすむ話でもなかろう。僕なぞ日本人がエスカレーターを歩き始めた頃から、この国の人々の美徳であった道徳心や礼儀や共感能力などがどんどん衰えていると言い続けているのに、そこで食い止めなかったからこの国の人々はいま、こんなことになっているのだと宇宙人でなくたってわかりそうなものだ。

 

だからといって、僕は別段日本人にも、あるいは日本の報道記者にも絶望しているわけではない。たとえば昨夜やっていたドキュメンタリーの話。

 

深夜のドキュメントだから、録画予約しておいて今朝方見たばかりだが、テーマはあの記憶に新しいシリアで亡くなった女性ジャーナリスト。
 
僕は特に熱心な興味を持って彼女の事績を追っかけていたわけじゃないけど、イラク戦争の折、空爆を受けるバグダッドから果敢なレポートを続ける美女の存在は、山本美香というその名前とともに瞬時に脳裏に焼き付いた。
 
なにしろあの時のバグダッドには、本物のジャーナリストしか残っていなかった。だから僕は、まず日本人であったこと、女性であったこと、しかも別嬪!……という、近年この国でジャーナリストという存在を忘れかけていたときに突如現われた彼女を見て、トリプルな驚きに襲われた。
 
ちなみに僕は人の顔も名前も決して覚えない難記憶者として一部の酒場などでは認知されているが、興味さえ湧けば、たとえ一度しか出会ったことのない人間でもその名前と顔は忘れない。主にきれいな女であれば、それだけで僕は8割方、相手を覚えている。だからこの夏、テレビの第一報で、シリアで山本という日本人が撃たれたらしいというニュースを聞いた瞬間、僕は嘘だろーっ! と、実際に叫びもした。
 
昨夜、彼女を採りあげたのはNNNドキュメントだが、僕の記憶では確か、彼女は日テレ系のニュース番組を主な舞台としてイラクリポートを続けていた。そこで多分人気が出たんだろう、イラク戦争が一段落した後、一時期あの局の「きょう出来」でキャスターをしていたはずだ。僕は彼女がレギュラーで出ていた期間だけ、わりと熱心な「きょう出来」の視聴者だったが、正直言えば彼女は、お世辞にも司会のMCがうまいとは言えなかった。
 
それはなんだか凄まじい早撃ちの腕を持ち、幾多の修羅場をくぐってきたガンマンが、最後にサーカスでガンさばきを見せているような、少しそんな感覚に似た感想まで持ったが、多分あれは事務所の資金稼ぎのためもあったのだろう。もしかしたら日テレは彼女をスターにしたかったのかもしれないが、そしてその素養自体は十分にあったはずだが、彼女は早く現場に戻りたがっていたに違いない。そんな感じはテレビ画面を通してでも伝わってきた。
 
彼女のためには、彼女がいっそ偽物であればよかったのに、と思うこともある。ぬるい戦場を幾つか回ってきて、女だてらにということでマスコミにも採りあげられ、日テレのキャスターになったなら、その経歴をプッシュしながらさらにステップアップを目指し、ゆくゆくはバラエティにも引っ張りだこの美人戦場ジャーナリストという肩書きで売り出すか、あるいは話題が欲しいどっかの間抜けな政党のパンダ役となって国政に進出するとか、都知事選に出るとか、まあ、イラク戦争が終わり、ニュースでキャスターをやっていた頃にそんな方針転換をしていれば、彼女は死なずに済んだはずだ。もちろん、彼女はそんな道は選ばなかったわけだが。
 
僕は人一倍臆病な人間なので、いわゆる死地に向かう人間の気持ちなぞさっぱりわからない。何らかの使命感か、死と隣り合わせの刺激か、あるいは愛か、人を死地に赴かせる理由と価値観はそれぞれの個人で違うだろうが、どんな理由と価値観で彼女が戦場を仕事場に選んだにせよ、その現場を自分の目で確かめるというのはジャーナリストがジャーナリストである基本中の基本だ。自分が取材せずに人の持ってきたデータで原稿を書くのはジャーナリストではなくアナリストの仕事と言うべきだろうし、読売の記者だってもう少し自分の目と足を使っていれば、あんな恥ずかしい目にも遭わなかったろう。
 
この番組では、彼女が撮影したフィルム、あるいは彼女を撮影したフィルムもけっこう紹介されていた。それを見れば、彼女が戦場まで出かけていって伝えたかったものが、ほんのさわりではあるけど、感じられる。彼女は何も、最前線の撃ち合いを見に行きたくて戦場に出かけたわけじゃない。人間同士が表で殺し合っているその壁一枚裏側の、そこに住む女たち、子どもたちの映像に、その答えはある。イスラムの女性の笑顔なぞ、めったなことで撮れるものじゃない。
 
死んだジャーナリストだけが本物のジャーナリストである、とは誰かの言葉だったろうか。その伝で言えば、彼女は間違いなく本物のジャーナリストとなった。でも僕がこの言葉を解釈すれば、それは本物のジャーナリストになること自体が重要なのではなく、本物のジャーナリストであり続けようとすることが大事なのだという意味にも取れる。どれほど崇高な理想を持っていようと、死んだらそれまでだ。日本人として誇るべき人間を一人、こんな形で失ったことが残念でならない。
 
朝ご飯にLeeの30倍激辛カレーを食いながら見るには、ちょっとハードな内容かなと思っていたが、見始めたらそれほど過剰な演出に走ることもなく、概ね淡々と、時々緊迫極まりない映像も入り~の、ホッとする一コマも入り~ので、あえてカレーと同様辛い言い方をすれば、少なくとも変に彼女をヒロインにしようとしたり英雄にしようとしてないという意味では好感は持てるけど、ドキュメンタリーとしては可もなく不可もない凡庸な作品であった。ただし、その凡庸さのおかげで、見る側は妙な色を付けられずに素直に彼女の人生と向き合える、という効用はある。……ということは案外いい演出だったのかもしれないな()
 
ところが終盤、多分一報が入ってから日テレのスタッフが彼女の実家に張り付いたのだと思うが、その実家で彼女のパートナーでもあり上司でもあった佐藤氏からお父さんが直接電話を受ける場面が流された。さすがにお父さんも元新聞記者で、最初は娘の死を認めざるをえないかと気丈に対応していたが、彼女がすでに病院で遺体となっていたことを確認したという佐藤氏に「それで、娘の死因は?」と訊ねた。それに対して佐藤氏が状況を答えたのだろう、一拍置いてお父さんは、
 
「首を……首を、撃たれたのかあぁ!」
 
と唸るや、ついに受話器を握ったまま慟哭を始めた。その場面に思わず鳥肌が立ってひっくと息を呑んでしまったのは、口の中に入れたLeeの30倍が辛すぎたせいではない。ドキュメンタリーであっても、大の大人がカメラの前でこんなに慟哭するのを見た覚えはあまりない。強いて言うなら……ああ、そうか。戦争で家族や家を失い、被害者となった人々を映した映像でなら。
 
この瞬間。このドキュメンタリーは、いったいどこでどんなことが起き、それはつまるところ何であるのかを、この国の人々に伝えたのだ。

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コメント

「なみ診」読んでる人がいないなんて…。
読んじゃったよー。

>> Takaishiさん。

ごめんっ

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