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夏ドラの先陣!

『Woman』てなタイトルだっけか。もちろん録画してじっくりと視聴。

 

僕はだんだんばらえてーの類いのテレビを見なくなってるので、最近は番宣情報にも日々疎くなるばかり。実際、日本のドラマに関してはそれでほとんど不都合なんかないのだが、このドラマだけは、どこかでちらっと耳にした瞬間、その場でオンエア予定をメモし、数日前から録画予約して、とにかく待ち構えていた。

 

だって脚本が坂元裕二氏。主演が『それ生き』の満島ひかりとくれば、見逃すわけにいかない。いま僕がとりあえず脚本家の名前だけでチェックする数少ない作家の一人ではないか。もっとも他にはどんな作家がいるかと言われれば、渡辺あや氏しかいないけどね()。すみません、偉そうな言い方して、たった二人しか気にしてませんでした。

 

仕事を一段落させてリビングのテレビの前に座り込み、さあ~、今回も思い切り泣かして笑わせてくれるかな~、などと呟きながらビールを軽く一杯。至福。……このドラマが始まる直前まではね。

 

いやあ、ちょっと不意を突かれた。

 

僕は坂元裕二と満島ひかりの名前が頭に入っていただけで、ドラマの中身に関する事前情報は一切なかったからだ。とりあえず冒頭、駅のホームで満島ひかりと小栗旬の出会いが描かれる。このシーンが意外と普段の坂本節を抑えめにして、なかなかいい感じ。二人が会話するきっかけがさりげなく描かれた後、

 

「それがお父さんと初めて出会ったときのことよ」

 

と、布団の中で一緒に寝ている娘に説明する満島ひかりの画面に変わった瞬間、あはは、あほみたいに涙が流れてきて、ああ、しまった。これはどうやら手管にひっかかってしまいましたわい、という気持ちのいい予感に襲われる。かねがね僕は、安易に子どもを使うドラマは卑怯だと思っているが、もう見てしまったものは仕方ない。この人なら決してあざとい使い方はしないだろう、と信じることにする。

 

まあ、この話は『それ生き』と同様のシリアス路線に類するドラマで、きっとこれからは凄まじい緊迫感に満ちた人間関係を、言葉の連射砲のようなセリフでつむぎだしていくという、あの独特なスタイルも効果的に配されるだろうとは思うが、第1話を見る限りではその手はむしろ用心深く抑制されている。

 

なぜかといえば第1話では、夫を亡くした女性が2人の子どもを一人で育てるという展開を淡々と描いていて、この国でシングルマザーが受けるあらゆる苦難と困難が、これでもかという勢いで描かれてはいるけれど、決してそれを声高に主張するような展開でも演出でもないために、見ているこちらはまったく真綿で首を絞められているような息苦しさに、いつの間にかどっぷりとはまっているという寸法だ。下手に主張されれば、人は必ずかえって引くからね。

 

つまり、この段階でストレートな感情吐露はかえって逆効果になる。代わりに押さえた満島ひかりの芝居、ふとしたきっかけで見せる彼女の目の色、表情の細かい演技に、どうしようもない現実のリアルがにじみ出ている。やっぱり身震いするほどうまい。この脚本家は毎回、手練れの女優に恵まれているけれど、そろそろこの満島ひかり、尾野真千子に真木よう子を加えた、三大怪獣南海の決戦みたいなドラマを書いてくれないかな。もちろん、よほどの骨太い脚本でないと、かえって地面にめり込んでしまう危険もあるだろうが。

 

まだ始まったばかりだからこのドラマが好きとも嫌いとも言いづらいが、僕は今期夏ドラとしては毎週録画決定第1号。1号だけで終わるかもしれんけど。ただし昨日かそこら、ネットで見かけた見出しでどこのニュースウェブだったか忘れたが、このドラマ、あまりに重苦しくて視聴者どん引き! みたいに書いている記事があった。

 

この手のドラマが重苦しくて見ていられない、という視聴者がいるのは事実だろう。ただ、この記事はそんな声が多数派で、方向修正しないと裏番組で始まる『ショムニ』に負けるんじゃないかなどというような印象を受ける記事内容だったのは、ちょっとどうなんだろう。まずは、どんな立場の人間がどんな客観的な根拠を元にそんな記事を書いたのか知らないが、仮にそんなクレームが放送局にあったとしたところで、ドラマの内容や方針をおまえがどうこう言うことじゃねえだろ、という感想は一つある。

 

ほんとにね、ドラマの世界でちょっとリアルな、てか、重苦しい展開や悲劇を描くと、そんなの見たくないという反応は僕自身もよく体験した。『なみだ坂』は最近はむしろましになってきたけど、前半の方なんか悲劇率高かったもんなあ……自分で言うのも何だが

 

だがもし、その記事に書かれていたように、重いドラマは見たくないという視聴者が増えているのが事実だとしたらどうだろう。たとえば自分たちは十分厳しい現実を生きているから、このうえドラマの中でも現実の厳しさを強調して見せつけられたくはない、もっと笑えて明るくて楽しいドラマにしてくれ、なんていう感じなのだろうか。その人たちはそれならテレビでお花畑が広がる世界のような番組ばかり見て、それで救われるのだろうか。

 

僕はそうは思わない。頭の中のお花畑に逃げ込むような人間は、結局現実の厳しさにも正面から対峙することが出来なくなるはずだ。たとえば真実から目を背け、自分の信じたくないことは信じず、信じたいことだけを信じて、いつの間にか自分の頭の中で作り上げた妄想を真実だと思い込むようになり、それは妄想だと指摘する人間を激しく攻撃したりする。現実の日本社会に、こんな人間は増えていないだろうか。そう考えると、重いドラマを忌避する視聴者が増えているという噂にも、ある種の信憑性があるような気もする。

 

僕が時々、どうしようもなく救いようのない話を書くのは、それでも人は、生き残っている人間は、生きていかねばならないと思っているからだ。『なみだ坂』は一応医療ドラマだから、いきおい人間の生と死がリアルに交差する現場に立たされることが多い。もちろん現実にも奇跡的なことは起きるかもしれないが、そうでない場合の方がたいていは多く、僕を含めてあらゆる人間は、理不尽な死に囲まれて生きている。

 

希望のない話を書くなと言われたこともあったが、僕にとって希望とは、厳しい現実の向こう側にしかない。そしてその現実が厳しければ厳しいほど、希望は強靱となる。だから僕は漫画だからといって、妙に展開の都合で収まりのいい話を書きたいとは思わないし、実際書けない。こんなことありえねーよなーと、つい思ってしまうとね。もう、手がそこで止まっちまうわけですよ

 

重苦しい話は、希望のない話などではない。むしろその逆で、強靱な希望を描きたいからこそ、作家は厳しい現実をこれでもかと客の前に転がして見せるのだ。それに耐えられないというなら、うちの国はもう、マジで滅びるしかないと思うくらいだ。坂元氏がこのドラマでどれほどの絶望と希望を見せてくれるのか、やっぱり一番期待している。

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