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祝! ノーベル平和賞

さっき家に帰ってきたら東京からマジで電話で催促されちった。どうなってんのよ? と、いささか先方も声からうんざり感が伝わってくる。

 

そりゃそうだよな。たかだか500枚の書き直しの原稿を半年も放っておく方が悪いのはわかってる。別に逃げてるわけじゃないんだが、とにかくその場はあやまりまくって、切り抜ける。でも、今年の本屋大賞を狙うとかいう話はもう消えたな()

 

そんな頭が殺気立ってる頃に耳に入ってきた、ノーベル平和賞をマララさんが受賞したというトピックにはしばし、心癒やされた。実際、僕は今年の平和賞は、彼女が取るだろうと思ってたし、取るべきだとも思っていたから、ここ数年の平和賞の中では、素直に納得して喜べる受賞であった。

 

平和賞に関しては、どこらから広まってきた話だか知らないが、日本国憲法第9条が候補になっているという噂もあった。僕は憲法そのものは消極的護持派だが、憲法9条に関してはいささか右翼的だと自認している。つまり、いささかバカ的にという意味でもあるが、その僕から見ても、この噂にはなんだか違和感を覚える。

 

もちろん日本国憲法9条に平和賞を、なんて話が、ノーベル賞選考委員会みたいなところで、まともな議論の対象になっているなどとはとても思えない。まあ、シャレとしては面白いけどね。これをもっと本気で押してやろうなんて考えるうちの国の人がいるとしたら、それは悪ノリというものだ。でももし、9条にノーベル平和賞なんていう話を思考実験として仮定するとしよう。ならば、その受賞対象は日本国民になるのか?

 

ではうらちの政府は、この9条の理想を守り、国際社会の中で名誉ある地位を占めるため、いままでどのように世界の平和に貢献してきたのだろう。第二次大戦後の世界平和は、多分にアメリカの戦争行動を抑止することで実現した局面もあったと思うが、その時々でうちの国は、アメリカの良き友人として9条の理想を楯に、軽率な行動を戒めるような諫言でも行ったことがあるか。現実はその時々で、アメリカの良き下僕として金を出せと言われれば金を出し、家を貸せと言われれば自国民を追い払ってでも家を貸し、何か食わせろと言われれば、言われるままに飯と酒をふるまい続けてきただけの話じゃないか。

 

あるいはいま、この9条の理想をうちら日本国民は本当に誇りとし、これを守り続けるために憲法をないがしろにするような政治家を国会から駆逐するという視点で、選挙行動を取ってきたか? 選挙民を舐めきった議員で溢れかえるいまの国会のていたらくを見れば、たいていそんな基準で投票しているわけではないことが、一目瞭然。おまけに政府はまともな論戦もせず、選挙の争点として訴えることもないままに、朝のホームルームだけで憲法の内容を変えてしまうような無茶苦茶を平気でやる連中の集まりである。

 

こんな政府を作ってしまっているうちらは、9条に平和賞をなんて、たとえシャレでもおこがまし過ぎて口には出せない。はっきり言って僕は恥ずかしいから、絶対人には言わない。9条が平和賞なら、授賞式には安倍が行くことになる。これって痛快だろ、なんて話題をしてる「護憲派」ぽい人の発言も対太か何かで見かけた気もするが、それはもはやブラックジョークと言うべきだろうよ。それにね。

 

もしそんな漫画みたいな状況を想定してみたところで、「外交」好きを自認する安倍は何食わぬ顔で授賞式に出かけ、いけしゃあしゃあとした作文を読み上げ、帰国してから平然と9条を棺に納める算段を続けるだけの話。政治家の厚顔神経なんて、一般人とはまったくレベルが違うのだから、安倍にとって何のダメージにもなるはずがない。もちろん、そもそもノーベル委員会が、ナチのシンパかネオナチで構成されたような政権の首相を、ノーベル賞の聖地に招くような真似をするとはとても思えないが。

 

まあ、本当はこんな暑苦しくなるような文章を書くつもりなんかまったくなくて、ただ純粋にマララさんのノーベル平和賞受賞を祝いたかっただけだが、9条の話が絡むと、つい右翼になってしまう。つまり冷静さを欠いてしまうということだが。

 

本当はノーベル平和賞の値打ちなんてのも、もう40年くらい前だったか、佐藤栄作が受賞したときにまったく地に落ちたはずだが、本当にそういう賞を受ける価値のある人が受けること自体は、それなりに意味のあることだと思う。ノーベル委員会も佐藤栄作を選出してしまった失敗にはずいぶん懲りたみたいで、ノーベル賞選考の内幕回想録のような記事で、栄作は実はこんな奴だったんだ、という報告が後に本部にあげられたという話がある。

 

栄作は確かノーベル賞、欲しくて取りにいった感ありありな人だった。日本からの推薦やら根回しやらにはそれなりにそつがなかったはずだ。考えてみればあれは安倍の大叔父にあたる。ノーベル側だって、あの血族には二度と騙されまいとするだろうよ。

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