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琵琶湖畔にて海老を見る

過日。平地からだと車で小一時間近くかかる山奥にある、最近お気に入りのタイ料理屋へ昼飯を食べに行こうと思い立って出かける準備をしていたら、3ヶ月近く前に買っていたチケットの公演日だったことを妻が思い出す。

 

滋賀に海老蔵が来るという公演情報があって、僕がそれはぜひ見たいと言い出し、妻が生協の予約を通じて手に入れたものだったのだ。 あのまま出かけていたら2人で2万近くしたチケットがパアになるとこだった……危なかった

 

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僕は劇場で本格的な歌舞伎を見るのは初めてで、しかも2階席のかなり端っこという、演者の顔がかろうじて判別できるような条件での観劇だったが、始まってしまえばほとんど気にならず、ホールの隅まで響いてくる声の迫力と、衣装の妖しい美しさに圧倒され、囃子方の奏でる三味線の音色さえ脳内麻薬をだらだらと溢れさせる感覚に酔いしれた。妻は後半ときどき寝ていたようだが、あの環境でよく寝れたなあと、ある意味感心

 

何にせよナマで体感できるものは、たいてい興奮する()。多分に、頭より先に直接体内を流れる血が反応してしまうからかな。だから伝統芸能や民俗音楽系の音色に弱いんだ。血が騒ぐから。

 

考えてみればこの数年、いや、その程度じゃないな、小説やら何やら余計なことにちょっかい出したりしてたおかげで、僕はもう十年近く、ナマの感覚に触れる機会を忘れて過ごしてきたのだった。

 

こんなことではいかん。まだ簡単に枯れるような年でもないぞ。そうだ、これからはもっともっといろんなナマを体験してみたい、いや、体験してやるっ! ……と、運転しながら頭の中で叫んでいる僕を、帰りの車中で妻が、うろんな目で見ている。

 

「そういえば」と妻が口を開く。「今日、タイ料理屋に出かけようと言って、財布とかカード入れとか引き出しから引っ張り出してたら、チケットを見つけたのよね」 うん、そうだな。と、僕があまり気の乗らない調子で答えると、助手席の妻は満面にしてやったりの笑みを浮かべ、言った。「タイで海老を釣るって、こういうことかしら」

 

おまえそれ、自分で思ってるほどうまいこと言ってないぞ。……しかも言葉の使い方、逆だし。

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